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東京地方裁判所 昭和45年(レ)296号 判決

控訴人 吉田竹正

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 松目明正

同 山分栄

弁護士山分栄訴訟復代理人弁護士 鈴木康之

被控訴人 興国ゴム工業株式会社

右代表者代表取締役 瀧野武夫

右訴訟代理人弁護士 元田弥三郎

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

(控訴の趣旨)

「原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決を求める。

(控訴の趣旨に対する答弁)

主文第一項と同旨の判決を求める。

(被控訴人の請求原因)

一  被控訴会社は別紙物件目録記載の建物(以下「本件家屋」という。)を所有している。

二  被控訴会社は、昭和二〇年五月、その従業員であった控訴人竹正との間に、本件家屋を社宅として使用させる旨の使用貸借契約を締結し、以後これを使用させてきた。

三  ところが、控訴人竹正は、昭和四四年三月三一日、被控訴会社を退職したので、被控訴会社は、同人に対し、同年一〇月二八日到達の書面で本件家屋の明渡を求めた。

四  控訴人桃子は本件家屋の階下土間一三平方メートル部分(以下「本件土間」という。)を使用してパンなどの小売商を営み、右部分を占有している。

よって、被控訴会社は、控訴人竹正に対し本件家屋の明渡を、控訴人桃子に対し本件土間の明渡をそれぞれ求める。

(請求原因に対する控訴人らの認否)

請求原因のうち、「社宅として使用させる旨の使用貸借」との点を否認し、その余の事実はすべて認める。控訴人竹正は、昭和二〇年五月ころ、本件家屋を賃料一ヶ月一六円、期間の定めなく借り受けたもので、その使用関係は使用貸借ではなく、賃貸借である。

(控訴人桃子の抗弁)

被控訴会社は控訴人桃子が本件土間を使用してパンなどの小売商を営むことを承認した。

(抗弁に対する被控訴人の認否)

抗弁事実を否認する。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一、請求原因事実については、被控訴会社と控訴人竹正との間に本件家屋について社宅としての使用貸借契約が成立したか否かの点を除き、その余の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、本件家屋に対する控訴人竹正の使用関係について検討する。

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると、控訴人竹正は、昭和一六年ころ、被控訴会社の前身で瀧野武夫の個人経営にかかる瀧野ゴム工業所に雇われ、昭和一九年二月に瀧野を代表取締役とする被控訴会社が設立されるや同会社の従業員となり、以来昭和四四年三月三一日の退職に至るまで同会社において勤務してきたものであるが、昭和二〇年三月の空襲により都内押上に存した住家を焼却した際、たまたま、滝野が瀧野ゴム工業所を経営していたころに購入した本件家屋を含む三戸建一棟ほか三棟が、その後現物出資あるいは譲渡されて被控訴会社に帰属していたため、被控訴会社のすすめにより昭和二〇年五月二三日より本件家屋に居住することとなったこと、その使用料は入居当初一五、六円であったが、その後数次にわたる値上げを経て昭和三五、六年以降月額八〇〇円となり現在に至ったものであることが認められるところ、≪証拠省略≫によれば、本件家屋を含む三戸建一棟は借地上に建てられているものであるため、被控訴会社は本件家屋の固定資産税のほか毎月の地代を自ら負担していることが認められ、このような費用の負担関係に加えて(特に右地代を仮に三戸建一棟の居住者である控訴人竹正ら三名に平等負担させるとすれば、右使用料を上廻る一戸あたり月一、五〇〇円になることが計算上明らかである。)、本件家屋が、木造亜鉛メッキ鋼板葺二階三戸建一棟のうちの一戸であり、一階二九、七五平方メートル、二階一九、八三平方メートルであって相当な広さを有することに鑑みると、少なくとも昭和三五、六年当時において右月八〇〇円の定めは本件家屋の使用の対価というには著しく低額であって、実質的には被控訴会社の本件家屋の管理費用に対する実費の一部に充てる程度にすぎないものというのが相当である。

次に当審証人中島栄太郎の証言によれば、同証人は、被控訴会社の従業員ではなく、本件家屋とほぼ同規模の被控訴会社所有の隣家に居住していたものであるが、本件家屋より立地条件が低位であるにかかわらず、従業員である控訴人竹正より高額の月一、八〇〇円の使用料を支払っていたことが認められること、≪証拠省略≫を総合すると、被控訴会社においては社宅入居者を除く従業員に対しては昭和四一年より住宅手当を支給していたが、控訴人竹正に対しては右手当支給の事実がなかったことが認められるのに、これに対し同控訴人からとくに異議が述べられた事情も窺われないこと、さらに控訴人竹正は、昭和四二年一月二九日ころ、他の社宅ないし社員寮入居者とともに、被控訴会社の求めに応じ、本件家屋につき借家人としての権利を取得するものではない旨の入寮誓約書を提出したが、その際とくに混乱は起らなかったこと(この点につき、控訴人竹正は、当審において、被控訴会社の労務担当の川口悦からおどかされてやむなく提出した旨供述するが、右供述は前記各証拠に照して措信しがたい。)が認められる。

以上認定の諸事情に照らせば、本件家屋に関し、被控訴会社と控訴人との間でその使用関係につき控訴人竹正との雇傭関係の存続を前提とし、これが終了すれば同控訴人において明渡すことを内容とするいわゆる社宅使用契約が成立したものと認めるのが相当であり、したがってこれに対しては借家法の適用はないものというべきである。

(二)  もっとも、≪証拠省略≫を総合すれば、控訴人竹正は本件家屋につき、水道、ガスの敷設工事、水道補修工事、畳替等について費用を負担したことがあり、ガス、水道料金の支払いをなしていること、また昭和二五、六年ころにはベランダに取り付けてあった看板を控訴人竹正や右中島らの負担において取り外したことが認められるが、しかし、前示の事実ならびに後述するごとく、被控訴会社が控訴人竹正の妻桃子が本件家屋においてパン等の小売営業をなすことを黙認していたと認められることなどの事情に照すと、これらの費用支出は主として日常生活に関係のあるもので、いずれも実費負担の限度を超えないものであって、本件家屋の使用関係を賃貸借であると認める根拠とはなしがたい。

(三)  そうだとすれば、本件においては、期間の定めが存したことを認めるに足りる証拠はないから、本件使用貸借は、昭和四四年三月三一日控訴人竹正の被控訴会社退職により使用目的を達し、遅くも被控訴会社が明渡請求をなした同年一〇月二八日には控訴人においてこれを明渡す義務を負うに至ったものというべきである。

三、次に、控訴人桃子が、本件土間を利用してパン等の小売商を営むことについて、被控訴会社が明確な承認をなしたことを認めるに足りる証拠はないが、≪証拠省略≫を総合すれば、右営業は、昭和二一年ころから始められ、被控訴会社もこれを黙認していたことが認められる。しかし、右黙認の事実はたかだか、被控訴会社が控訴人竹正との本件家屋の社宅使用関係継続中に限り本件土間の使用につき異議を唱えないということを意味するにとどまり、この事実のみをもってしてはそれ以上に同女との間に本件土間の使用について使用貸借等の契約関係が生じたとみることは困難である。そして、前記のとおり本件家屋の社宅使用契約が終了し被控訴会社が本訴においてその明渡を求める以上、もはや控訴人桃子も本件土間の明渡請求を拒否できる筋合のものでないことが明らかである。

四、以上から明らかなごとく、結局被控訴会社に対し、控訴人竹正は本件家屋を、控訴人桃子は本件土間をそれぞれ明渡すべきであるから、これを認容した原判決は相当であって、本件控訴はいずれも理由がない。

よって、本件控訴をいずれも棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園田治 裁判官 松野嘉貞 石垣君雄)

〈以下省略〉

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